Toppict>novel


小さな存在は小さな思いを花に託した。

小さな道化と、願いと、花と
truth.3 道化師と花の冠


舞台にアクシデントはつきもの。
予想外のトラブルの後、顔を上げたアドの目の前にはうろたえる少女がいた。

見たところ歳は10程だろうか。
くるぶしまで伸びた長い薄黄色の髪、透けるような白い肌。
アルビノのようにも思えるが、その瞳の色は赤ではなく乳白色。
全体的に色素が薄く、彼女のオドオドとした態度はそれを強調させていた。

「ご、ごめんなさい。私…」

ギャラリーの騒つきを背に、少女はしゃがみ込んでアドの様子をうかがっていた。
パフォーマンスの始まる前とは一変、不安を煽るような騒つきは収まる気配がない。
少女の目からは今にも大粒の涙がこぼれ落ちそうだ。
アドはチラリと周りの状況に目を配ると、コホンと一つ咳払いをした。

「おやおやあ、どうしたんだい?
 クラウンのパフォーマンスに涙は似合わないさ!」

それはまるで「演技」のような、抑揚のきいた声。
再開された舞台。
観客の注意は再びステージの中心へと集められる。

アドは一つの風船をポシェットから取り出すと、爪を押しつけた。
割れたその風船の中から出てきたのは紙吹雪ではない。
大きな手のひらの中に残ったのは、シロツメクサで編んだ花輪だった。

「さあ笑っておくれよ、可愛いお嬢さん。」

それは姫にティアラを授ける王子のように。
アドが女の子の頭に花輪をそっと乗せてあげると、
再び拍手の嵐がセントラルエリアに響き渡った。





パフォーマンスが終わると、やがて観客の集まりは散っていく。
頃合いを見計らい、人混みに紛れていたイェルカは舞台へ近づいた。

「お疲れさま。」

声をかけるが、小さなステージ台に腰かけた道化師から返事は来なかった。
肩を叩いても、ゆすっても、何一つ反応が返ってこない。

イェルカは失礼して彼の仮面を外してみる。
すると、その顔は昨日の夕日に照らされていた時よりも真っ赤で、
尖った耳の先までその色に染まっていた。

一時停止ボタンを押されたかのように、ぴくりとも動かない。
目の前で手を振ってみても結果は変わらない。
少し考えて、イェルカは閃いた。

「…『笑っておくれよ、可愛いお嬢さ…」
「復唱しないでえええええ!!」

そこでようやくアドの一時停止は解除された。
アドがイェルカの口を押さえようと近づくと、バスケットを目の前に突き出された。
中からふんわりと甘い匂いが漂い、腹の虫が鳴き声を上げる。

「そういえば、まだ朝ごはん食べてなかったや。」
「お前、起きてすぐに飛び出していったからな。」

今朝の様子を思い出し、イェルカは小さなため息をつく。
だが、朝食を持ってきたのは彼なりの優しさからのようだった。
アドは受け取ったバスケットの蓋を開く。
すると中には4つのベーグルサンドが綺麗に並べられていた。

「宿のおばさんからだ。外に行くなら持っていけ、だとさ。」
「えへへ。ありがと、イェルカ!」

アドはバスケットの中からベーグルサンドをひとつ取り出した。
うっすらと焼き色のついたベーグルを大きな口を開けてかぶりつくと、
新鮮な野菜はシャリッとみずみずしい音を立てる。
ベーグルならではのモチモチとした食感も、冷めてもなお健在だ。

「アド。一人でよくフォローできたな。」
「お師様に言われてたからね。失敗だって演技に見せかけるのが大事だって。
 でも緊張したあ~。」
「…だろうな。」

一気に緊張の糸がほぐれ、肩の力はすっかり抜けたようだ。
パフォーマンスで人々を魅了した、仮面の道化師は今はもういない。
あはは、と困ったように笑いながら、アドは夢中でベーグルにかぶりつく。

すると何の前触れもなしにポン、と頭に軽いものが乗せられた。
頭に手を置かれたのだ。
ベーグルをもぐもぐ咀嚼しながら、アドは目上のイェルカに視線を送る。

「何?」
「別に。小さいなあと。」
「昨日よりは伸びてるよ!
 ほら、一晩でこんなに伸びたんだから多分今だって!」

アドは爪先立ちをしジャンプしてみせるが、
その頭先が180センチを超えるイェルカの背に届くことはなかった。
そんな小さな抵抗には目もくれず、
イェルカは自身の鼻先にも届いていないアドの頭をじっと見下ろしていた。

「背は今朝と変わってないよな。」
「変わってないんだ…」

アドの頭から手を退けると、イェルカは険しい顔で腕を組んだ。

「ああ。少なくとも…いつだったか本で読んだが、
 急速に成長して死が早まるとかいう呪いの類いじゃない、安心しろ。
 おい、アド。聞いているか。」
「んーん、聞いてない…。」

アドはイェルカに背を向け、猫背でもそもそとベーグルを咀嚼していた。
と、思いきや急にバスケットの中の残りのベーグルも鷲掴みにし、
大口を開けてかぶりつき始めた。
おそらく食べれば早く大きくなれる、と前向きに考えることにしたのだろう。

アドに苦しんでいる様子は見られない。
イェルカには、むしろ今の状況を楽しんでいるようにも思えた。

もしこれが自分達で招いたものではないならば、人為的なものなのだろうか。
しかし、一体どうやって。
呪いと口にはしたが、それはおまじない程度のあまりにも不確かなもの。
絶対的な効果は期待できない。
触れることはできたから、今のアドの姿は錯覚や幻ではないはず。
そもそも誰が何のために、こんなことをしたのだろうか…。
考えてもイェルカに心当たりのある人物はいなかった。

「あ、あの!」

2人の間を小さくか細い声が遮る。
アドが振り返ると、そこにいたのはパフォーマンスに介入してきた少女だった。
少女は視線が合うと、両の手を後ろに回したままこちらへと走ってくる。

慌ただしく危なっかしい走り方。
また転んだりしないだろうか。
アドはすぐに少女を支えてあげられるように両手を広げ構えていると、
目の前にほのかに甘い香りのする何かを差し出された。

「さっきは邪魔をしてごめんなさい!お詫びに、これを!」

それは大人の片手に納まるほどの小さな花束。
アドは宿屋の傍に花屋があった事を思い出す。
この様子だと花を買う時も、少女の両手は緊張のあまり震えていたのだろう。
オドオドと困ったような泣きそうな顔でいたのだろう。
アドは目を細めて微笑んだ。

「ボクは大丈夫だよ。
 お客さん達だってあれも演技の一部だと思っただろうし。
 だから、さ。」

花束を優しく両手で受け取ると、
ピオニー咲きの黄色い花の香りが鼻をくすぐる。
それを囲むように束ねられた小さな白い花が、
鮮やかな黄色をさらに引き立てていた。

「これはパフォーマンスへのお礼として受け取らせてもらうね。
 えっと、名前は?」
「えぇ!あの、その…!」

名前を尋ねられると、少女はとまどいアドから視線を反らした。
視線と小さな手は何かを模索するように空中をもがき続ける。

ふと、白く細い少女の指が頭の花輪に触れた。
それはアドからプレゼントされた、シロツメクサで編まれた花輪だった。
花の冠。
それは彼女にあるひとつの単語を連想させた。

「……クローラ、です。」

言葉をかみしめるように、一語一語確かめるように。
少女は自分の名前を口にした。
そんな不自然な自己紹介に、アドは顔をしかめることなく屈託のない笑みを返した。

「そっか。ありがとう、クローラちゃん!」
「あ、えと、はい!」
「ふふ。クローラちゃん、やっと笑ったね。」

アドに吊られたのか、少女の口角も上がっていた。
おそらく無意識だったのだろう。
それに気づくと、少女は白い頬を赤く染める。

照れくさそうに二人は笑い合っていた。
その微笑ましい光景を前に、一人の初老の女性がアドに恐る恐る声をかける。

「なあアンタ。さっきこの場所で芸を披露してただろう?」

その声は、アドとイェルカが泊まっている宿の主のものだった。
アドは含みのあるその言葉に耳を傾ける。

「はい、そうですけれど…。」
「もしかしてさ、シドさんのこと知ってるかい?」

その口から飛び出してきた名前に、アドとイェルカは目を見開いた。
何を隠そう、シドとは2人がお師様と呼ぶ者の名前、
2人が旅をするきっかけとなった人物なのだ。
イェルカは宿の主と正面から向き合った。

「どうして貴方がお師様…いや、シドさんの名前を?
 居場所を知っているんですか?」
「それなら一度、宿に戻ってきてくれないか。
 私からも聞きたいことがあるんだ。」

断る理由などなかった。
これでシドの手掛かりが掴めるかもしれないのだ。
宿の主の女性に促されるまま、イェルカはその後についていった。

「え、イェルカ、待って!
 …それじゃ、またね。クローラちゃん。」

急ぎであっても、話し相手への対応を疎かにはしなかった。
アドはにこやかな顔で少女に別れを告げると、
ワンテンポ遅れてイェルカを追いかけた。

ほんの数メートルの距離は駆け足ですぐに埋められた。
並んで歩いていると、アドとその手に持つ花束がイェルカの視界に入る。
花束をじっと見つめながら、イェルカは顎に指を添えた。

「黄色のダリアとカスミソウねえ。」
「へ、なあに?」

アドがイェルカの顔を見上げると、互いに視線が合う。
アドの瞳は瞳孔の開きや光の加減で三日月のような形が見える。
その色は金色、人によっては黄色、とも答えるだろう。
イェルカは何かに納得したかのようにコクリと頷いた。
その理由をアドは尋ねたが、イェルカは言葉を発するあと少しの所で突然口を濁した。

本当は伝えたいことがあったのだろうか。
だがそれは自分で知るべきことだと判断したのか。
結局アドはまた、からかわれるような形で誤魔化されてしまった。

「いや別に。どっちも小さいなあ、と。」
「だから!昨日よりは!」
「花のことだ。」




遠くへ遠くへ離れていく。
それは大きな二つの影と、それより小さな騒がしくよく動く影。
小さく小さくなる三つの背中が人波に飲まれても、
一人の少女はそれをじっと見つめ続けていた。

「お礼を言うのは私の方なのに。」

呟いた小さな言葉は風にさらわれ、
誰にも気付かれることなく消えていった。


go to next truth?




久しぶりに更新です。ベーグル食べたいです。

キザな台詞を言って恥ずかしがるなんてまだまだ紳士には程遠いですね、アド。
展開もう読めたって方も、もー少しこのお話にお付き合いください。
全体のストーリー的にも超序盤なので(汗)