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蒼い瞳はその1点だけをじっと見つめていた。
本来ならばベッドの上で眠っているはずの、「小さな」相棒を。

小さな道化と、願いと、花と
truth.1 嬉しい異変


話は昨夜までさかのぼる。

辺りはすっかり暗くなり、冷たさと静けさが広がる闇の中。
思うよりも時間がかかってしまったが、
2人はなんとか日が変わる前にポルカラントに辿り着くことができた。

ポルカラントとは「人形の里」という愛称のある町なのだが、
暗闇の中でその外観は見ることができない。
しかしペンションのような小さな宿でも、町の特色は十分に伝わってきた。

だが、カウンターに乗せられた布切れ入りのカゴも、
窓辺に並ぶ手のひらサイズの人形たちも、
街の入り口付近で運よくこの宿を見つけたことに比べれば、
2人にとってはどうでもいいこと。

疲れ果てた2人は部屋に案内されると、
すぐに隅にあるベッドへ倒れるように眠りに落ちたのだった。





そして今、空が明るく色づいた頃。
目を覚ましたイェルカがふと隣のベッドに目をやった。
その時である。

「………。」

イェルカの目には、そこで寝ている人物はいつものアドとはちょっと違うように映ったのだ。
ただ、ほんのちょっとだけ。

よだれを垂らして「もう食べらんな~い」とベタすぎる台詞を呟く幸せそうな寝顔。
広い草原で寝転がってるかのように狭い長方形の上で大の字に広げられた手足。
それはいつものアドと何の変わりはない。
だけど、なぜかそこには拭いきれない違和感がどっかりと座を占めている。

「ん~…?イェルカぁおはよ~。」

イェルカの視線をよそに、違和感の塊はのそのそと体を起こし始める。
上半身を覆っていた白いシーツは重力に従って落ち、
外見年齢10歳にしては広すぎる肩幅が目に入った。

「いい夢、見たみたいだな。」
「そう、夢の中でリンゴの海で溺れそうになってさ!
 いやあ、匂いつきの夢って本当にあるんだねえ~。」

寝起きのくせにアドのテンションは高い。
しかしその声のキーは心なしかいつもより低い。

「あ、先に顔洗ってくるね。」

アドはひょいっと身軽に布団から飛び降り、
廊下とこの部屋を繋ぐドアの方へと向かう。
昨夜までは手全体を覆っていたはずのアドのパジャマの裾からは、
爪のような手が手首まで見えていた。

部屋の入り口近くにはユニットバス兼洗面所設置されていたな。
そういえばこの部屋って狭いながらも設備は整っているし、暖炉まであるんだな。
なんてイェルカは思考をずらしてみるが、視線は違和感にしか向いてくれない。
イェルカは引き続き観察を続けることにした。
落ち着いたその様子は平常心を保っているように見えるが、
その無表情な顔の眉間には薄く皺が寄っていた。

洗面所とベッドルームを繋ぐ木の扉が静かに閉ざされる。
その直後、ドア越しに音のこもったアドの叫び声が聞こえた。
ああ、やっぱりか。
イェルカがそう思っていると、アドが慌てて扉の奥から飛び出してきた。

「い、イェルカ!こっこれっこれっ……どういう事!?」

アドは目を見開き、驚きのあまり裏返りそうな声を搾り出す。
おそらく洗面所にある鏡に映った姿は、イェルカが今見ているものと変わりないものだったのろう。

イェルカは深くため息を吐いた。
この瞬間に、抱いていた違和感が錯覚ではないことが証明されてしまったのだから。

「ボク、大きくなってる!!」

喉元に小さく出っ張った喉骨、子供らしい丸みが消えて伸びた手足。
イェルカより小柄ではあるが、今のアドの体はまさに思春期真っ只中の少年のものだった。

「嘘ぉ…どうして?なんでっ?」
「まずは落ち着け。体が成長しても変わらないな。」

まあ中身はそのままだし、と余分につけ加える。
そう言いつつもイェルカも内心は焦っていた。

「でもどうして…昨夜に何か悪いものでも食ったか?それとも…」

祟り?呪い? しかし罰当たりなことをした覚えはない。
幻覚? だけどこんなにはっきりと、しかも同じ幻覚を2人で見られるものなんだろうか。
まさか魔術でもかけられた? そんなもの迷信に過ぎない。
だが現に非現実が目の前にあるわけだ。
もしかして誰かと遭遇したときに何かをされたのか。
だとしたら少なくとも昨日ではない。
昨日は何もない…舗装されていない道路と草原だけの道を歩いていただけだったのだから。
ならばこんな自体を招くきっかけを一体いつの間に作ってしまったのか…。

イェルカは思い当たる節を次々思い出してみる。
だが一人では答えは出ないままだった。

「ああ、そうだ!イェルカ!」

急にアドが、思いつめた顔をするイェルカの裾を引っ張った。
何か心辺りがあったのかもしれない。
イェルカはいつになく真剣な表情を見つめ、イェルカは次の言葉を待った。

「パフォーマンスやりに行こう!」















「………は?」

先ほどまでイェルカは、この緊急事態に焦りながらも、対処にとても真剣に、大真面目に、
長い時間を共に過ごしてきた友の為にと、知恵を絞っていた。
そんなことアドはお構いなしといった様子で、みるみる目を輝かせていく。

「せっかく体が大きくなったんだ!
 これならもっと色んな芸が出来るよ!」

そう言うと善は急げといった様子で、
ポシェットの中から大きなオレンジ色の布を取り出した。
それは、道化師が身に纏う衣装だった。
すばやくパジャマから着替えてみると、
それは少しダボついた衣装ではあったが、袖丈も裾も短すぎず長すぎず、
まるでこの日の自分のために用意されたかのようにピッタリの寸法。
アドは口角をキュッとあげると満足そうに頷いた。

「うん、やっと着れた。じゃあイェルカ!行ってきまーす!」
「おい、アド…」

ちょっと待て、と言う言葉は、閉じた部屋のドアに遮られる。
アドも引きとめる言葉を聞かぬまま、外へ駆けていってしまったようだ。

「ええと。つまりアドは、自分の身を心配していたわけじゃなくて…。」

興奮のあまり、パニック状態になってただけ。

急に力の抜けたイェルカは、片手で額を押さえてベッドへボフッと倒れこんだ。
行動力があるのはいいけど勝手に単独行動されても大変なんだよな、
そもそもこれってお前の問題なのに、なんで俺だけ悩んでるんだ…などなど、
イェルカは一人天井に向かって文句を垂れ流す。
だが、先程のアドの様子を思い出してみる。

「あんなに嬉しそうなアド、初めて見た。」

好物のリンゴを食べてる時。
パフォーマンスをしている時。
それを見た観客が喜んだ時。
そしてどんな些細な出来事が起こった時でも、アドはいつも笑顔を絶やさない。

イェルカは彼を見るたび、よくそんなに無理して笑っていられるな、と常々感じていた。
意識的になのか、無意識なのかは分からない、
彼に直接聞いたわけでもないが、
イェルカには、何故だか彼の笑顔が少しぎこちなく見えていた。
だけど先ほどのアドは、まるで心から喜んでいるように思えたのだ。

「そうだよな。ただ悩んでるだけじゃあ、どうしようもないもんな。」

どうしようもないなら、仕方ない。
今はアドのやりたい事をやらせてやろう。

「さて、じゃあ俺は飯の調達か。」

おそらく今のアドはパフォーマンスのアシストを必要としない。
きっと全て一人でこなしてしまえるだろう。
ならば彼の演技中に、できることはやっておいてしまおう。

一日の初めの気合い入れも兼ねて、イェルカは上半身を起こして伸びをする。
閉めきっていたカーテンを開けると、もう太陽は昇り始めていた。
その窓の外には速足で駆けてゆく相棒。

旅の初日の朝、イェルカの顔はうっすらと穏やかな笑みを宿した。


go to next truth?




殆どイェルカ視点だった第1話。
コテージとペンションの大きさの違いに悩みながら書いた話でした。(笑)
アドとイェルカが泊まった部屋の広さは、最初は6畳だったんですが、

「6畳じゃベッド1つしか置けないよね?一応広い町の宿なのにショボいよね?」

というわけで急遽拡張工事。
男女2人旅ならシングルベッドもドキドキな展開になってたはずなのにもう…
そんなベタなトキメキなど皆無な男2人旅。
でもピッチピチの15&16歳、ムサくないので問題ナシですね。

ちなみにポルカラントという町名の由来は、
音楽ジャンルの「porka」+ドイツ語で町を表す「rand」。